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広島地方裁判所福山支部 昭和33年(ヨ)82号 判決 1958年12月10日

申請人 下井佳紀 外一名

被申請人 ニコニコ自動車株式会社

主文

被申請人が申請人両名に対し、夫々昭和三三年七月三一日附でなした解雇の意思表示は、いずれも仮にその効力を停止する。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一  申請人両名訴訟代理人は主文第一項同旨の裁判を求めるものであつてその理由の要旨は、

一  (一) 被申請人は福山市に本店をおき、バスによる旅客運輸事業を営む会社であり、申請人下井は昭和三一年三月二七日、申請人森光は昭和三〇年三月一七日夫々被申請人会社に入社し、いずれも車掌として勤務しいてたものである。

(二) 申請人下井は昭和三三年四月二日午前一一時前頃、同日午前一一時三五分発の服部、広尾線に乗車勤務するため被申請人会社本庄車庫に出勤したが、当日乗務する広二〇二三二号普通車は前日修理したものであつたため非常に汚れ、窓も雨で汚染し、洗車を必要とする状態にあり、しかも洗車は同車庫前にある洗車場に入れてすることを要し、同車庫内での洗車が禁ぜられている上、同申請人は運転無資格者であるところから、洗車場への運転方を依頼すべく、運転手を捜したが、運転手は一人も居らず、洗車を右発車時刻までに完了する必要から、已むなく洗車場に車を移動するため、自ら右車輛を運転し、方向転換すべく後退した際同車庫入口にあつた軽油入一斗缶三個に同車後部を接触して、同缶三個を転倒させ、軽油約三〇リツトル(価格約七〇〇円)を流出させた。

(三) 申請人森光は昭和三三年四月四日当時、福山発、府中、御調、市村経由、福山帰着の路線に勤務し、勤務時間は午前六時三〇分発、午後四時終了となつていたが、花見時であつたので、命により、臨時運行に備え、同日午後五時三〇分まで被申請人会社西町車庫において待機した後、同車庫内に格納されていた広二〇四一号普通車の清掃にかかつたところ、同車が右車庫内の柱に接近して格納されていたため、その柱が邪魔となり、右車の右側後部の窓を拭くことが困難のため、同車を多少前に移動したいと考え、運転手を捜したが、同車庫内に運転手は居なかつた。しかし、同車は翌日貸切りバスとしての運行が予定されていたので、窓を汚染したまま放置しては乗客に不快を与えるものと考え、自ら同車を運転して約一尺前進せしめたところ、偶々後部車輪の二個並存するタイヤの間に枕木が挾つていて、それが喰い込み、同車輪泥よけにひつかかつて同部を少々損傷した。

(四) 被申請人は申請人両名の右各行為がいずれも被申請人会社の就業規則第六〇条、第一〇四条に該当するとして、申請人両名に対し、退職を強要した上、右条項により昭和三三年七月三一日附をもつて申請人両名を夫々懲戒解雇に処した。

二  しかしながら、右懲戒解雇は、いずれも次の理由により無効のものである。即ち、

(一)  本件懲戒解雇は著るしく酷に失し就業規則不当の適用であり、解雇権の濫用であつて無効である。

なるほど、被申請人会社の就業規則第六〇条には、

「無資格者は車輛の始動又は運転を絶対にしてはならない。」旨規定し又、同規則第一〇四条本文には、

「従業員にして左に掲げる各号の一に該当する時は諭旨解雇又は懲戒解雇とする。但し情状により出勤停止又は減給、賠償に止める事がある。」旨規定し、同条第一〇号には、

「無資格者にして車輛を運転した時、又は事故を惹起した時。」

と規定している。

しかし乍ら、申請人両名の前記行為は前叙の如くいずれも車掌の不可欠の任務である車輛清掃のためになしたものでしかも、運転手不在の場合車輛清掃の必要を生じ、車を運転するか、清掃を抛擲するかの二者択一を迫まられた際職務熱心によりなしたものである。又、本件運転は会社の構内である車庫内において、空車を必要最少限運転したものに過ぎず、公共の危険を招く虞が皆無であり、被害も僅少で会社業務に対しても特段の支障を与えて居らず、且つ現場責任者自身が数年来頻繁に無資格運転しており、被申請人会社構内において無資格運転が頻繁に繰り返えされている状況の下になされたものであるからこれらの点を考慮し軽い処分に附すべきものである、然るに従業員に対する極刑である懲戒解雇に処したものであるから本件懲戒解雇は、社会通念上著るしく酷に失し、就業規則の不当な適用をした処分であり、解雇権の濫用として許されない無効のものである。

(二)  本件懲戒解雇は労働協約に違反する無効のものである。即ち、

被申請人会社と私鉄中国地方労働組合ニコニコ自動車支部との間に締結された労働協約第二六条には、懲戒解雇につき、

「行政官庁の認定を経て予告期間を設けないで解雇する。此の場合予告手当を支給しない。」

と規定し、懲戒解雇は行政官庁の認定を経てすることとなつているが、行政官庁が本件懲戒解雇につきなした認定は現在取消されているから、本件懲戒解雇は労働協約上の根拠を欠く無効のものである。

(三)  仮りに、右各理由が認められないとしても本件懲戒解雇は不当労働行為であるから無効である。即ち、

被申請人会社の従業員は現在私鉄中国地方労働組合ニコニコ自動車支部(以下単に第一組合という。)か、ニコニコ自動車労働組合(以下単に第二組合という。)かの、いずれかに加入している。当初労働組合は第一組合のみであつたが、被申請人会社幹部の思想が著るしく封建的で、労働条件も他のバス会社に比し著るしく劣悪であり、組合幹部の大部分が会社の息のかかつたもので占められ、従業員は牛馬の如く劣悪な労働条件の下で黙々と働く状態であつたので、この劣悪な労働条件から脱却すべく、昭和三一年一月頃当時副執行委員長であつた塚嘉憲(現在第一組合執行委員長)を中心として私鉄中国地方労働組合との結びつきをはかつたところ、被申請人会社はこれを恐れ、当時行われた組合執行部の改選に際し、会社の好む組合幹部の当選に狂弄した。しかし、改選の結果、右塚が絶対多数で執行委員長に当選し、他の役員も会社の意向に副わない人々で占められた為、被申請人会社の組合に対する働きかけは愈々強く、組合が昭和三二年三月二一日、二二日の二日間に亘り私鉄中国地方労働組合へ準加盟することについての可否を投票する手筈を決めたところ、部課長を使つて組合の切崩しにかかり、同月二二日夕刻までに組合脱退者は一一〇名に達し、ここに第二組合が設立され、組合は大分裂するに至つた。その後被申請人会社の組合に対する干渉は露骨となり、第一組合員は執行委員長以下配置転換をうけ、昇給も第二組合員とは差別的取扱をうけ、第一組合の書記長であつた笹川輝雄の如きは、非行を理由に強要されて一旦退職し、第二組合に加入して再雇傭されたことの事例が存する有様であつて、被申請人会社は、会社の意向に副う第二組合を陰に陽に援助するに反し、私鉄中国地方労働組合への接近をはかり、現にこれに加入している第一組合を好まず、申請人両名の本件車輛運転と全く同ケースの車掌の無資格運転につき、右車掌が第一組合を脱退して第二組合に加入するや、全くこれを不問に附し、何ら懲戒処分をしない事実も存する次第で、このように不問に付し得る軽微な行為について本件懲戒解雇の苛酷な処分をしたのは、申請人両名が被申請人会社の好まない第一組合に加入しているが故になされたものと解するの外なく本件懲戒解雇は労働組合法第七条第一号該当の不当労働行為であり無効である。

三  従つて申請人等は本件懲戒解雇につき解雇無効確認の本訴を提起すべく準備中であるが、本訴の確定まで長期間を要することが予想され、その間申請人等は貧困故に、その生活及び健康、生命に回復し難い損害を蒙るので、本件仮処分申請におよんだ。

と謂うに在り、被申請人の主張に対し、

四  (一) 被申請人主張の三の(一)について

(1)  被申請人会社が運転者の資格等について厳格な取扱いをしていること、被申請人主張のような就業規則及び労働協約の条項があることは認める。

(2)  然し就業規則及び労働協約は法規であるから被申請人会社の恣意による適用は許されないのであつて、条理に従つて解釈適用すべきものである。

(二) 被申請人主張の三の(二)について、

仮りに被申請人主張のような事実が認められるとしても、これらの非違を事由とする解雇は本件解雇とは別個に新しい解雇処分によつてなすべきであり、本件懲戒解雇の事由として目すことは許されない。

と述べた。(疎明省略)

第二  被申請人代理人は、申請人等の申請は、これを却下する。訴訟費用は申請人等の負担とするとの裁判を求めるもので答弁の要旨は、

一  申請理由一の(一)の事実中、申請人下井の入社年月日を除くその余の事実、一の(二)の事実中、申請人下井の勤務路線、勤務時間、勤務車輛、車庫内での洗車が禁ぜられていたこと、同申請人が車輛を運転し車庫入口で軽油缶二個と接触し約三〇リツトル(価格約七〇〇円)の軽油を流出したこと、一の(三)の事実中、申請人森光の勤務路線、勤務時間、事故当日の勤務状況、広二〇四一号普通車の清掃をしたこと、同申請人が同車を運転し同車泥よけを破損したこと、一の(四)の事実中退職を強要したとの点を除くその余の事実、二の(一)の事実中、就業規則の各条項及び清掃が車掌の任務であること、二の(二)の事実中、労働協約の条項、行政官庁の本件懲戒解雇の認定が現在取消されていること、二の(三)の事実中、第一組合と第二組合が存在すること、第一組合の執行委員長等の配置転換を行つたことはいづれもこれを認めるが、その余の事実は争う

と述べ、申請理由に対する反駁及び主張として

二  (一) 申請理由一の(二)の申請人下井の無資格運転について。

申請人下井が事故当日乗車を予定されていた広二〇二三二号普通車はその前々日の三月三一日及び前日の四月一日の二日間予備車として本庄車庫内西側車屋内に格納しており修理を施した事実なく、当日及び前日に降雨はあつたが、その量は僅か〇、〇粍であり、しかも車庫内に格納していたのであるから車の窓が雨に汚染することは絶対あり得ないことであつて、車を清掃する必要は全然認められなかつたものである。又、深夜とか早暁とかならば格別、午前一一時頃車庫内に有資格者が居ないということはなく、現に申請人下井が運転した車輛の隣の車内には運転者青山哲夫が居り、同車庫内工場には運転有資格者河本忠勝、海原茂の両名が夫々当時居合わせていた。なお、同車庫から営業所までの回送に五分、改札に五分、計一〇分を要するから、午前一一時三五分発の同車は、おそくとも午前一一時二五分に同車庫を発車しなければならないものでしかも、通常洗車には三〇分以上の時間を要するので午前一一時前に洗車に着手したのでは洗車の時間的余裕がなく且つ申請人下井の運転したコースは洗車場への運転コースとしては運転技術上考えられないものである。

従つて、本件運転が洗車するための運転であつたとの主張は多大の疑問がある。仮りに洗車の必要があつたとしても車輛の運転は運転者、有資格者に依頼するか、又は工場事務所に連絡するかしてこれをすべきものである。

(二) 申請理由一の(三)の申請人森光の無資格運転について。

車庫内に格納されていた広二〇四一号普通車と車庫の柱との間隔は少くとも二〇糎以上あつたから車輛を移動しなくても清掃できた筈であり、このことは昭和三三年四月四日の被申請人会社栗原業務課長の取調に際し、申請人森光の自認したところである。又、車輛の破損部位、程度からみて、車輛を三、四米前進させたものと認められる。従つて本件運転も清掃のためではなく、車輛を起動する気持に駆られてなした無資格運転と認められる。

三  本件懲戒解雇が酷に失し、解雇権の濫用であるとの主張に対し。

(一)  申請人両名の本件無資格運転が被申請人会社の就業規則六〇条第一〇四条に該当する行為であることは明らかである。

しかして、交通事故による惨禍の増大している現在、交通関係の運輸業者としては車輛の整備、素質技能の優秀な運転者の採用に留意すると共に、他方無資格者による車輛運転の絶滅を期する責務があり、監督官庁から「無資格運転者により自動車事故が発生した場合においては道路運送法第四三条に依り六ケ月以内において期間を定めて事業の停止を命じ又は免許を取消す。」旨厳達されている程に、無資格者の車輛運転は重要視されているから、就業規則の適用にあたつても、この特殊な事情を充分考慮しなければならない。

被申請人会社としても運転者の資格を厳格に制限し、その採用にあたつては、試傭期間を設け、慎重な適性検査を行い、採用後も厳格に監督している状態であるが、無資格者である車掌の運転が行われるにおいてはかかる措置も無意味となるので、無資格運転を防止するため、

(1) 昭和二八年当時の就業規則には、

その第二八条に運転士以外は車輛を使用してはいけない旨、

(2) 昭和三〇年一二月五日実施の就業規則には

その第三四条に会社が運転者として登録した者以外は車輛を運転し又は車輛が起動する惧れのある操作をしてはならない旨、

その第七〇条に就業規則第三四条に依り無資格者が車輛を運転したとき又は事故を惹起したときは懲戒解雇とする。但し情状に依り出勤停止又は減給に止めることがある旨、

(3) 昭和三三年三月一日実施の就業規則には

その第六〇条に無資格者は車輛の始動又は運転を絶対にしてはならない旨、

その第一〇四条に、無資格者にして車輛を運転した時、又は事故を惹起した時は諭旨解雇又は懲戒解雇とする。但し情状に依り出勤停止又は減給賠償に止める事がある旨、

夫々規定し、車掌雇入れに際しては特に右規定の趣旨を説明し、又随時注意書を配布する等して、車掌に対し、これが周知徹底を期している。又昭和二八年六月、当時無資格者による運転事故が続発したので、労使双方で組織する経営協議会において、

「車掌並に無資格者が車輛を使用し、事故を惹起した場合は理由の如何を問わず経営協議会の決議を俟たないで即時解雇する」旨を決定し、昭和三三年七月一〇日の経営協議会においても組合は、

「無資格運転者は理由の如何を問わず懲戒解雇してもよい」旨再確認し、

昭和三〇年一月一日以降、昭和三二年一二月三一日まで適用された労働協約には、

その第五三条に運転士以外は車輛を運転してはならない旨、その第三二条に本協約第五三条に依り、無資格者にして車輛を運転した時、又は事故を惹起した時は懲戒解雇とする。但し情状に依り出勤停止又は減給に止めることがある旨、

昭和三三年二月二五日以降適用の労働協約には、

その第二八条に組合員は無資格者にして車輛を運転した時、又は事故を惹起した時等の場合以外は懲戒解雇にしない。但し情状により出勤停止又は減給に止める事がある旨、

その第三五条に本協約第二八条に依り第二六条第五項に該当する時又は諭旨解雇の決定をした時等を組合員の解雇基準とする旨、

と夫々協定している。

即ち、無資格運転につき就業規則は最も厳格な禁止規定を設け車庫の内外を問わずこれを禁じ、労働協約にも夫々就業規則と対応する規定を設けているのであつて、こたは労使共に現実の事態に対処する緊急性について認識を一にし無資格運転に対し厳重に処断する必要について完全に意見の一致をみた結果であり、経営協議会の決定も亦同様である。かように峻厳な規定がおかれているのは、千里の堤防も蟻の穴からくづれるの譬もあるように無資格車輛運転絶対禁止を厳重に励行し運転事故の発生を防止する必要に基くものであつて、無資格者の車輛運転に関する限り就業規則第一〇四条但書の情状酌量の規定はこれを排除することを明示するものと解さねばならない。

なお、車掌は、運転者となることを唯一の希望とし運転免許証を取得すべく、技術修得のため車輛を運転するので、その自然的欲求を充たすため、被申請人会社は多大の犠牲を払い練習車を購入し練習場所を提供して運転技術習得の途を拓き技術成熟の際は運転者に登用することにして車掌の運転意欲に応えているのであるから一般的に云つても車掌の無資格運転については情状を酌量する余地はない。

(二)  申請人両名には就業規則の適用上当然考慮さるべき重大な事情がある。即ち、申請人両名の平素の勤務成績は他の従業員に比し著るしく遜り、概評としては劣等の部類に属し

(1) 申請人下井については、

(イ) 平素無断欠勤が多く運輸に支障をきたし、

(ロ) 上司の指示、指導に対し常に反抗的で、乗客に対するサービス精神を欠如し、

(ハ) 同僚との融和性にとぼしく、

(ニ) 昭和三三年六月一九日府中地区転勤以来七月三〇日までの間に多額の債務を負担する外、賃金支払の際、昭和三三年六月、一〇〇〇円、同年七月二〇〇〇円、同年八月、二〇五二円の食券代等の控除ができず、赤字が残つている状態である。

(2) 申請人森光については、

昭和三一年一〇月上旬頃と昭和三二年七月中旬頃の二回に亘り、無資格運転を行つて車輛を破損した前歴があり本件事故は三回目のものである。

四  本件解雇の除外認定の取消と本件解雇の効力について。

(一)  福山労働基準監督署は本件解雇につき昭和三三年六月二〇日付福監認定第五号をもつて解雇予告除外認定をなしたのに拘らず、三ケ月余を経た同年九月二五日附書面をもつて「その後現場の実態把握が不充分であることを発見し、再調査の結果右認定は認め難い」との空疎な理由の下に除外認定の取消をしたのであるが、申請人両名と同時に解雇予告除外認定をなした元車掌井上優二については、その無資格運転の態様、情状その他すべての点において申請人両名の場合と同程度若しくはそれ以下であるのに右井上に対する除外認定はそのままとして申請人両名の除外認定のみを取消したのであつて、これは私鉄総連、総評副議長、私鉄中国地方労働組合の広島労働基準局、福山労働基準監督署に対する抗議、働きかけが激しく反覆されたために採られた措置に過ぎない。

(二)  しかして、右除外認定の取消は次の理由により効力がない

(1) 除外認定の取消は法規上認められて居ないから取消すこと自体が無効である。

(2) 解雇予告除外認定は当該行為が懲戒解雇又は諭旨解雇若しくはそれ以下の懲戒に該当するかの価値判断をなすものではなく、労働基準法第二〇条但書の「労働者の責に帰すべき事由」の有無を確認する処分に過ぎない、本件無資格運転の行為が申請人等の責に帰すべき事由によるものであることは申請人等の自認するところであるから除外認定を取消すべき理由がなく、除外認定を取消す実質的根拠がないから取消の効果が発生しない。

(3) 仮りに右除外認定の取消をなし得るものとしても、これに基ずいて私法行為たる懲戒解雇がなされた後においては、法的秩序の安全性を維持するために最早除外認定の取消はこれを許さないものと解すべく右除外認定の取消は既に該除外認定に基いて申請人等に対する懲戒解雇のなされた後になされたものであるから効力を生じない。

(三)  仮りに前記解雇予告除外認定の取消が有効であるとしても左の理由により本件懲戒解雇の効力に消長をきたすものではない。即ち

(1) 労働基準法第二〇条但書に該当する事実の存する限り解雇予告除外認定を受けないで懲戒解雇をなし得べく除外認定の措置は前記の如く右条項但書の事由の有無を確認する処分たるに止り懲戒解雇の効力発生の前提条件となるものではない。

(2) 労働協約第二六条第5項には懲戒解雇につき

「行政官庁の認定を経て予告期間を設けないで解雇する此の場合予告手当を支給しない。」

と規定しているが、使用者が労働協約に定める以上の利益を労働者に与える場合には労働者がこれを拒否すべき理由がなく、その限りにおいては協約違反にならないから、右規定に従わず労働基準法第二〇条に定める解雇予告手当を支給して懲戒解雇をすることはこれを許さない筋合ではない。しかして被申請人会社は昭和三三年一〇月七日右認定取消の通知を受けるや即日申請人両名に対し、解雇予告手当を支給するから受領されたい旨、内容証明郵便をもつて夫々解雇予告手当受領方の催告をなし右催告書は同月八日及び九日に申請人両名に到達し、申請人等に対し右予告手当の支払につき履行の提供をすると共に申請人等が各懲戒解雇を無効とし本件申請を提起している状況下では右予告手当の受領を拒むものと看做し広島法務局福山支局に右金員を供託した。しかして除外認定の取消という特別事態の生じた場合には、解雇予告手当支給の意思表示は解雇の意思を表示した日に遡つてその効力を生ずるものと解すべく、従つて右各懲戒解雇は労働基準法第二〇条所定の手続を完了してなされたものとすべく、且つ前掲労働協約第二六条第5項に適う有効なものと云うべきである。

五 本件仮処分の必要性について。

私鉄中国地方労働組合は昭和三三年八月九日附救済規定第三条第二号に基づき、申請人両名に対し夫々見舞金として金二万円を支給し、闘争期間中、復職するまでの間平均賃金を支給する旨決定してこれを履行し、申請人等はその反対給付としてその所属する右組合ニコニコ自動車支部に出勤し組合事務に携わつて居るから、生活は充分保証され、貧しいにしても、生活及び健康、生命に回復し難い損害を蒙むることはなく、申請人等の地位を仮処分によつて保全する必要性は認められない。

と述べた。(疎明省略)

理由

一  申請人両名が、福山市に本店をおきバスによる旅客運輸事業を営む被申請人会社に車掌として勤務していたこと、被申請人会社が申請人両名を無資格運転の故をもつて、就業規則第六〇条第一〇四条により昭和三三年七月三一日附で夫々懲戒解雇したことは当事者間に争いがない。

二  右懲戒解雇の事由となつた無資格運転の事実の存否について先ず検討する。

(一)  申請人下井の無資格運転について。

申請人下井が昭和三三年四月二日午前一一時前頃、被申請人会社本庄車庫に出勤したこと、当日、同申請人が午前一一時三五分発の服部、広尾線に勤務することになつていたこと、その勤務車輛が広二〇二三二号普通車であつたこと、出勤直後、同申請人が、右車庫内で右車輛を無資格運転し、その結果、同車庫入口附近で軽油缶に右車輛を接触させ、約三〇リツトル(価格約七〇〇円)の軽油を流出したことはいずれも当事者間に争いがなく、証人出原照三の証言により真正に成立したと認める乙第一三号証、成立に争のない乙第一四号証の二、証人尾熊直人の証言により真正に成立したと認める甲第四三号証、写真については成立に争がなくその余の部分については証人尾熊直人の証言により真正に成立したと認める甲第四四号証、証人森川正一の証言により真正に成立したと認める乙第一六号証、証人尾熊直人の証言並びに申請人下井本人尋問の結果を綜合すると、右広二〇二三二号車が昭和三三年三月二八日以来、右本庄車庫内に格納されていたこと、同車庫は塵埃の多い国道沿いにある上、車屋の庇が高いので常に多量の風雨塵埃が車屋内に吹き込む状況にあり、しかも右車輛格納中、〇、四粍乃至〇、〇粍という僅かな量ではあつたが降雨、降雪があつたため、昭和三三年四月二日、申請人下井が右車庫に出勤した際、右車輛が塵埃にまみれて、ひどく汚染し、洗車を必要とする状態にあつたこと、しかして、洗車庫前にある洗車場ですることになつていて、同車庫内での洗車が禁ぜられておりこの点については当事者間に争いがない。同車輛の担当運転手は未だ出勤していなかつたので、同車輛の前記発車時刻に間に合わせて洗車するため同車輛を洗車場に入れる目的で自ら運転し、同車輛を後退させて、車屋外に出た上、洗車場に向けて前進し、洗車場前で方向転換のため後退したところ、前記のように軽油缶二個に同車後部を接触させ、同軽油缶を転倒せしめたことが認められると共に右運転距離は二、三〇米であることが推察される前掲乙第一三号証中認定に反する部分は措信できない。なお、申請人下井は右運転に際し、その運転を依頼するため運転手を捜したが運転手が一人も居なかつたと主張するけれども証人森川正一の証言により真正に成立したと認める乙第一五、第一六号証、第一九号証の一及び三によれば、当時同車庫内の車中に運転者青山哲男が、同車庫内工場に運転有資格者河本忠勝、同海原茂の両名が夫々居たこと、又同車庫内寄宿舎で運転者高尾光信の休息していたことが認められ、この点に関する申請人下井本人尋問の結果はたやすく措信し難く、他に疎明もないから申請人下井の右主張は採用できない。又、洗車の時間的余裕にとぼしいこと、本件運転コースが運転技術上洗車場への運転コースとして考えられないことを挙げ、本件運転が洗車の目的に出たものでないとする被申請人の主張は、証人森川正一の証言により真正に成立したと認める乙第一七号証及び申請人下井本人尋問の結果によれば通常洗車には少くとも三〇分の時間を要することが認められるが洗車の程度、方法により時間に多少の伸長あることは充分考えられるから被申請人主張の約二五分の時間的余裕をもつてすれば、相当程度の洗車ができたものと認められ、このことは、申請人下井本人尋問の結果によつても窺い知ることができるところであり、又運転コースの点については、証人漆川計一の証言により真正に成立したと認める乙第一八号証の一乃至三によれば、本件車輛の格納位置から洗車場内まで運転するにつき、一度の後退運転ででも、これをなし得ることが認められるけれども、運転技術の良否は格別本件運転が洗車場への運転コースとして全然考えられないものであるとは認められないし、他に被申請人の右主張を裏付けるに足る疎明がないから該主張事実を認めない。

(二)  申請人森光の無資格運転について、

申請人森光が昭和三三年四月四日当時、福山発、府中、御調、市村経由、福山帰着の路線に勤務し、その勤務時間が午前六時三〇分より午後四時までとなつていたこと、当日、同申請人が命により午後五時三〇分まで被申請人会社西町車庫で待機した後、同車庫内に格納されていた広二〇四一号普通車の清掃にとりかかつたこと、その際、同申請人が右車輛を無資格運転し、同車後部車輪泥よけに損傷を与えたことはいずれも当事者間に争いがなく、証人森川正一の証言により真正に成立したと認める乙第一九号証の二、乙第二〇号証、成立に争いのない乙第五〇号証、写真については争いなくその余の部分については証人尾熊直人の証言により真正に成立したと認める甲第四七号証、及び証人尾熊直人の証言、並びに申請人森光本人尋問の結果を綜合すると、申請人森光が前記広二〇四一号車の清掃にとりかかつた際、同車輛が車庫内の柱と約二〇糎の間隔をおいて格納されていたため、右状態においては、右柱のかげになつている部分の清掃が可能ではあつても危険を伴い、やや困難であること、申請人森光はこの状態で清掃することは危険であると判断し、清掃の容易な状態に車輛を移動したいと考え、同車庫内に運転手が居なかつたので、自らこれを運転し、同車輛を二、三米前進させたところ、偶々、同車後部車輪のタイヤとタイヤの間に木片が挾まり、これが同車輪の後部泥よけに突き当り、同部を少々凹こます損傷を与えたことが認められ、右掲記の乙第一九号証の二、中右認定に反する部分はたやすく措信し難く、他に右認定を覆えすに足る疎明はない。

三  次に本件懲戒解雇が酷に失し無効であるとの申請人等の主張の当否について判断する、

(一)  被申請人会社の就業規則がその第六〇条に「無資格者は車輛の始動又は運転を絶対にしてはならない。」旨その第一〇四条本文に「従業員にして左に掲げる各号の一に該当する時は諭旨解雇又は懲戒解雇とする。但し情状に依り出勤停止又は減給、賠償に止める事がある。」旨、又同条第一〇号に「無資格者にして車輛を運転した時、又は事故を惹起した時。」と各規定していること、申請人両名の本件無資格運転が右条項に該当することは当事者間に争いないが申請人等が本件については右第一〇四条但書の軽き処分に附するのが相当であると主張するのに対し、被申請人は右但書の情状酌量の規定は無資格者の車輛運転に関する限りその適用を排除すべきものである旨主張するので、先ずこの点を考えてみるに、就業規則は、使用者が一方的に制定するものではあるが、一種の法規範であるから、それが制定せられた以上、制定者の意思を離れた客観的存在であり、従つてその解釈及び適用は使用者の恣意に委ねられるべきではなく、使用者は客観的に妥当な解釈、適用をなすべき義務を負担しているものと解せられるところ、前記第一〇四条は、懲戒処分として、懲戒解雇、諭旨解雇、出勤停止、減給、賠償の五種段階を設け、情状により出勤停止以下の処分とする旨明示しているのであるから、無資格運転についても情状の存する限り出勤停止以下の処分に附すべきものであることは解釈上疑う余地のないところであり、従つていかなる事情が存するにもせよ被申請人主張のような無資格運転に関する限り第一〇四条但書の適用を絶対に排除するとの解釈は許されないものと云わねばならない。仮りに被申請人主張のように被申請人会社労使双方で組織する経営協議会が無資格運転につき、「理由の如何を問わず即時解雇する。」旨決定したとしてもこれがため就業規則の解釈、適用上叙上の説示と結論を異にするものではない。

(二)  そこで、本件の場合、果して酌量すべき情状が存するかどうかを検討してみるに成立に争のない甲第四号証、乙第一二号号証の三乃至八、証人塚嘉憲、同尾熊直人の各証言、証人栗原一美、同出原照三、同森川正一の各証言の一部、申請人下井本人、同森光本人の各本人尋問の結果、被申請人代表者、高田国雄本人の尋問の結果の一部及び申請人下井本人尋問の結果により真正に成立したと認める甲第六号証、証人尾熊直人の証言により真正に成立したと認める甲第七号証、甲第二一号証の一乃至三、甲第二二乃至三一号証、甲第三四号証、証人森川正一の証言により真正に成立したと認める乙第三号証の一乃至一一、乙第一二号証の一、二、九、乙第三一号証を綜合すると、被申請人会社が、その事業の性質上無資格運転の絶滅を期し、これに対しては厳罰をもつて臨む方針をたてる一方、無資格者のため練習車と練習場を与える外、無資格運転絶滅を呼びかけ、これが伝達に努力していたこと、又担当運転者不在時に車輛運転の必要を生じた場合の対策として、第一次的に現場に居る他の運転者に依頼し、他に運転者が居ない場合には工場事務所に連絡するか、車庫二階の寮に寄宿する運転者に依頼し、これも不在の時は営業所に電話連絡して点呼執行者の指示を仰ぐよう指導していたこと、しかし乍ら、右伝達及び指導は必ずしも現場の末端まで徹底せず従来車庫内における無資格運転が頻発していたこと、しかして、それは担当運転者不在時に車輛清掃等のため運転の必要を生ずることが可成り多く、他に運転者が居ても夫々仕事を有する関係上無資格者の依頼に快よく応じない場合があり、又、車庫二階の寮に居る運転者は非番休息中の者であること等のため、事実上依頼し難く、且つ営業所に連絡して指示を仰ぐことは、時間的関係等からも、容易に実行し難いという事情が多分に影響していること、尤も昭和三三年六月頃から運転者を常時出勤させ待機せしめているが、申請人等の本件無資格運転当時はかかる措置が採られていなかつたこと、しかも、被申請人会社の監査役であり昭和三三年四月頃まで福山工場長として現場最高の責任者であつた出原照三すら度々無資格運転を行い、又現場の他の係長等にも無資格運転をするものがあつたこと。そうして、本件無資格連転と同種同程度の無資格運転が頻発していたにも拘わらず、これらの殆んどが、現場責任者から注意を与えられたに止まり被申請人会社の本社に報告されることがなかつたため、何等懲戒処分を受けていないこと、しかして、申請人等の本件無資格運転は偶々申請人下井については平常の勤務成績不良、申請人森光については同種無資格運転の前歴二回ありとの理由で特に取り上げられ、申請人両名以外の一件と共に本社に報告されたため、申請人両名が本件懲戒処分を受けるに至つたものであることが認められ、他に右認定を左右し得べき疎明はない。被申請人は申請人両名は平素の勤務成績が他の従業員に比して著しく遜り、劣等の部類に属する者であるから、かかる事情は本件無資格運転につき就業規則の適用上当然考慮さるべきである旨主張するところ、証人森川正一の証言により真正に成立したと認める乙第二四乃至第三三号証、証人出原照三の証言の一部、申請人両名の各本人尋問の結果の一部によれば、申請人森光は昭和三一年一〇月と昭和三二年七月頃の二回車庫内において無資格運転をなし、車輛に多少の損傷を与えた前歴があるが、この前歴については何等懲戒処分を受けていないこと、又、申請人下井については借財(物品代金等)二千数百円の未払があること及び無断欠勤を一回したことの各事実を認め得るに止まり、証人出原照三の証言中及び乙第二四号証の記載中、右認定に反する部分は措信し難くその他被申請人提出の疎明資料によつては申請人両名が他の従業員に比し勤務成続が劣悪であつたとの被申証人の主張事実を肯認するに足りないばかりでなく、成立に争いない甲第一、二号証の各一、二(申請人両名に対する懲戒解雇通知書)には、本件解雇事由としては申請人両名の前記無資格運転のみが掲記されているにすぎず、又証人森川正一、同尾熊直人の各証言によれば、申請人両名に対する本件解雇につき昭和三三年七月一〇日及び同月二五日の両日に開かれた経営協議会の席上、労資間で論議せられたのは、本件無資格運転の事実だけであり、申請人両名の平素の勤務成績若しくは本件以外の無資格運転等被申請人主張の如き諸事実については何等問擬せられた形跡のないことが明らかであるから、これらの事実からすれば、本件懲戒解雇は、無資格運転のみをその事由としてなされたものと云うの外なく、右認定に反する被申請人会社代表者高田国雄本人尋問の結果は措信し難く、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。そうだとすれば、本件懲戒解雇の適否を判断するについては本件無資格運転のみを判断の対象とすべきものであるから、被申請人の前記主張は失当である。

してみれば、本件各無資格運転については、被申請人会社の指示に反し且つ強く非難さるべきものとは云え、いずれも公共の危険を招く虞れの殆んどない被申請人会社の構内である車庫内においてなされたものであり、且つ清掃のためになされたもので単なる車輛起動の欲求に駈られてなしたものではなく、その運転距離も申請人下井においては二、三〇米、申請人森光においては僅か二、三米に過ぎず、しかも申請人両名の無資格運転により生じた損害額も高々数百円の軽微な損害であつて、被申請人会社に特段の営業上の支障を与えたものでないこと前叙の如くである以上、無資格運転としては軽度の部類に属するものと認むべく、これに対し前記各種の懲戒処分中、他の処罰から飛躍して直ちに労働者の死命を制するに等しい極刑である懲戒解雇の処分を以て臨むことは酷に失する処置と云うを得べく、右各懲戒解雇処分は就業規則の適用を誤つた違法のものたるを免れない。従つて本件懲戒解雇処分が無効であるとの申請人等の主張はその余の判断をするまでもなく相当として容認すべきである。

四  そこで本件各懲戒解雇の無効について仮処分の必要性の有無を考えるに、申請人両名の各本人尋問の結果によると、申請人等はいずれも私鉄総連から救済資金として被申請人会社に在職していた当時、同会社から支給されていた額とほぼ同額の金員を貸与支給されていることが認められる。しかし、労働者たる申請人両名がその職場に復帰することを希望していることは明らかであつて、かかる希望の存する以上、右のような無効な解雇により被解雇者として取扱われ、職場に復帰し得ないということは著るしい損害であつて、極めて不安定な地位にあるものと云うべきである。まして、右資金が貸与せられているというのであつてみれば、尚更のことであり、賃金相当の金員の支給を受けてはいても、なお、申請人等の地位保全を図るため仮処分の必要あること勿論である。

よつて本申請を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 河相格治 村上明雄 小野幹雄)

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